お前は顔が悪い
#4
た(Ta)
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先日、北海道を旅したある晩のこと、宿の主人も交えて夕食後に宴会となった。宿泊客は20代から60代までの老若男女10人程度で、大半がバイクでツーリング中の個人旅行者である。お酒も適度にすすみ、初対面ながら打ち解けた場となれば、みなの関心事として、よくある年齢の話題になるのは成り行きだ。「えー、もっと若いと思ってた!」とか、「ちょっと老けすぎちゃう?」とかいうあれである。その時、一番若かった[1]にいちゃんが、どう見ても20代には見えず、「おっさん過ぎる!」と突っ込みをくらいまくっていたが、私はと言えば、「凄く若く見える!」とのことだった。実際に若い頃は「老けて見える」と言われていたのだが、 30歳前後で実年齢が見た目に追いつき、昨今はどうも追い越しているようだ。若々しいと言われたい時に、おっさんくさいと言われ続け、どちらかと言えば貫禄があると見られたい今、若いと言われてもあまり嬉しくはないのだが、かと言って格別悪い気がするわけでもない。まぁ、私にとってはどちらでも良いのだが、これをもって宿の主人に「もっと苦労しろ!」と、若く見えるのは苦労していない証拠として断定されたのはいささか腑に落ちない。いや、確かに他人と比べれば苦労はしていないようには思う。行き当たりばったりでいい加減に生きているのも事実だ。悩みやストレスと言ったものも随分と少い方だろうとの自覚もある。
私がまだ学生の頃、バイト先で年配の方から聞いた話がある。昔、アメリカ大統領リンカーンは秘書を採用するための面談で、応募者にろくに質問をするわけでもなく早々に言ったらしい。
大統領「不採用です。」
応募者「えっ、なぜですか?」
大統領「あなたは顔が悪い。」
ええっ、、、そんな、、、見た目で判断するなんて、、、。そりゃまぁ、合衆国大統領たるもの、イメージが大切なのもわかるし、歴代の大統領を思いおこしてもほとんどは威風堂々としているように思う。日本の首相に風采の上がらない人物が多いのとは対照的だ。とはいえ、欧米人と比べれば体格の面で仕方のない部分もあるし、そもそも、風采が上がらないからと言ってそれで無能なわけではない。有名な所では三国志の曹操だ。英雄曹操だって見栄えのしない小男だったらしい。大統領の脇に控える男の顔が少々悪かったとしても有能ならばいいじゃないか。とまぁ、これは決して見た目に自信があるわけではない私の感想だったのだが、続きを聞いてみると流石は大統領で話に筋が通っている。当然ながら容姿で差別してるわけじゃない。即ち、こうだ。男は40歳にもなればおのずと生き様が顔に表われる。思いやりのある男は優しい顔になるし、思慮のない男は軽薄な顔になる。苦労した男はそれが顔に滲みだしているもので、甘い人生を歩んで来た男はいつまで経っても坊っちゃん顔のままだ。既にいい年頃の男[2]であるのに顔が悪いというのは十分に失格条件だ、、、と。
ちょっと待ってくれ、大統領!俺の話も聞いてくれ! 識見も経験もあなたにはとても敵わない私だが、しばし弁明させて欲しい。苦労というのはそれほど客観的なものではなくて、実際にはもっと主観的なものではないでしょうか。二人が同じ境遇にあったとしても片やそれを苦しいと感じ、片やそれを楽しいと感じることはそれなりにあることでしょう。私の乏しい経験から言っても、仕事の良くできる人はいつも元気で溌剌としており、どちらかと言えば苦労が顔に滲むよりは、子供っぽく見える人が多かったように思います。それは辛いことが多々あれど仕事を楽しんでいたからではないでしょうか。社員の多くが深夜まで働くIT企業に在籍していた時でも、茶髪やノーネクタイながらも実にしっかりとした人がたくさんいました。逆に定時で帰れる比較的のんびりした社団に在籍していた時のことですが、なぜか鬱病で休職している方が多く、それほど大変な業務とは思えないのに、苦み走ってやつれた顔をしているのです。振り返って、私は苦労していないように見えるかもしれない。それはその通りかしれませんが、単に何事も別に苦労と感じないだけなのです。今、見るとはなしのテレビから演歌が流れてきました。街に出た息子に母親は言っています。「苦労を苦労と思うなよぉ」と大きなコブシをきかせながら。というわけで、ちょっと待ってくれ、曹操!じゃなかった、大統領。私のために先の名言を今からでも取り消してもらうことは出来ませんかね。
そうだよ。曹操だよ。思いだした。彼は風采が上がらなくとも英雄じゃないか。人間こうじゃなくちゃいけない。大事なのは外見ではなく中身だ。目指せ曹操。理想は曹操。ていうか、俺こそ曹操[3]。でも、この話にも続きがある。ある時、他国の使者と謁見する際、見た目を気にした曹操は部下の偉丈夫を王座に据え、自分は侍従に扮装して他の本物の侍従とともに偉丈夫の横で奏上を聞いていた。後日、人をやって使者に感想を述べさせた。使者曰く、「曹操さまは噂に違わぬ見事なお方でした。しかしながら、脇にこそただ者ではない風格を感じる者がおりました。」やっぱり、見る人が見ればわかるんだね。
うん、いい顔になりたいものだ。